サウジアラビア第2の都市・ジェッダで開催されるACL ELITE FINALS。悲願のアジアタイトルを懸けた横浜F・マリノスの大一番が迫っている。初戦となる準々決勝(日本時間27日4時30分)の相手は、あのクリスチアーノ ロナウドら巨大戦力を誇る地元の雄・アルナスル。近年、ACLで戦う横浜F・マリノスを精力的に取材し、すでに現地入りしているエルゴラッソの担当記者にアジアの戦いの魅力について綴ってもらった。
Text by 大林洋平
アジアの戦いは刺激に溢れている。
こうは書いても、ピンとこない方がいるのは想像に難くない。何を隠そう、私も取材で携わり始めた5年前までそうだったからである。もしかすると、あまり興味がない方の中でも、お隣の韓国で一時代を築いた全北現代の名前ぐらいは目にしたことがあるかもしれない。そうであっても、読み方を知らない人は少なくないのではないか。
恥ずかしながら、『全北』を『チョンブク』と読むことを、私は本拠地・全州に取材に赴いた2020年に知った。ちなみに『全州』は『チョンジュ』と読む。
西アジアに目を向ければ、もっとややこしい。中東のどの国も『アル』で始まるクラブばかり。一度、聞いただけでは覚えられない。アラビア語の『アル』は英語の『The』に当たる冠詞だそう。今回、横浜F・マリノスが準々決勝で戦うアルナスルに至っては、UAEにも同名のクラブがあり、何がなんだか頭が混乱してくる。
冒頭から脱線してしまったが、何が言いたいのかと言うと、いまだにAFCチャンピオンズリーグいわゆるACLの関心度は高くない。創設から四半世紀近く経っているにも関わらず、である。
24-25シーズンから大会形式が変更されたACLEの詳細や経緯については別稿に譲るが、毎年、日本からはJ1王者や天皇杯覇者が出続けていてもメディアを含めて盛り上がりに欠ける。
では、なぜ盛り上がらないのだろうか。
当然ではあるが、ACLは各国リーグの上位大会。まずは国内でタイトルを獲るなど好成績を収めなければならない。その選ばれしクラブのファン・サポーターは応援するが、出場が途切れてしまえば、ACLとの接点がなくなり、遠ざかるというスパイラルが浸透しない理由の一つだろう。
対戦相手の知名度の低さも影響しているし、アウェイ遠征も難度が高い。島国である日本の地理的要因に伴う海外渡航への心理面も障壁になる。なにより、大半の試合日が平日ナイトゲームなので、ファン・サポーターが海外遠征するとなれば、社会人は休暇を取らなければならない。物理的にも経済的にも一気にハードルが上がる。
トリコロールの糸でつながる一体感
それでも、である。あえて声を大にして言いたい。アジアの戦いにはワクワクが詰まっている、と。
ここで断っておきたいのは、ホームゲームも含めて現地観戦がすべてだ、と主張したいわけではない。今の時代、DAZNを通して東地区、西地区を問わず、全試合をデバイス観戦できるのだから、応援スタイルは人それぞれ。私だって仕事柄、海外に足を運ぶ機会に恵まれなければ、正直、ここまで思い入れは強くならなかったと思う。
これらを前提に論を進めさせてもらうと、ACLの魅力は何といっても未知なる相手との戦いだろう。前述のように対戦相手の知名度は低いかもしれないが、逆に相手のすべてを知らないからこそ、力と力の真っ向勝負が繰り広げられやすい。クラブの地力が試される中、力で押し切った時の爽快感はこの上ない。
ピッチ外の醍醐味としては、アウェイ遠征は外せない。横浜F・マリノスの対戦相手によって目的地がランダムに決まるのも、またいい。ファン・サポーターの方々にとってみれば、そこで初めて行く理由ができる。その土地の文化や空気感、人々の価値観に囲まれて過ごす体験は、忘れられない思い出になるのではないだろうか。
異国の地だからこそ生まれる、トリコロールの糸で結ばれた一体感も心地いい。私はサポーターではないが、慣れない土地での不安感もあって、日本から遠く離れた地で見慣れた赤・白・青のグッズを身につける方を見れば、自然と親近感が湧いてくる。
実は、日本国内ではファン・サポーターの方と一度も共にしたことのない食事を、2022年にホーチミン(ベトナム)、2024年にバンコク(タイ)で2度、ご一緒させていただいたことがある。信頼できる限られたコミュニティでの対面だからこそ、腹を割って話せたし、普段、直接耳にすることのない“マリノス愛”にどっぷり浸かった素敵な時間だった。
それは取材者側と選手、クラブの距離感にもつながる。経験上、取材対象者とは一定の距離を取るようにしているのだが、なぜか海外ではオープンなマインドになる。選手の方から声を掛けてもらう機会もあり、それがちょっぴりうれしかったりもする。
惜しくも準優勝に終わった昨年5月のACL決勝第2戦。アルアインの白と紫で埋め尽くされた完全アウェイの雰囲気は、プレス席も同じだった。普段は皆、粛々と取材するのだが、この日は違った。
試合前から通りすがりのアルアインサポーターに挑発されるだけでなく、試合中には興奮して席を立ったUAEの記者と視界を遮れた後ろの日本の記者が激しく言い合う場面もあった。そういった件も重なり、準優勝の悔しさはメディアも同じ思いだった。
海外勢との対峙で生まれるこの熱狂は何なのか。
おそらくサッカーW杯や野球のWBCで日本代表を応援するそれと似ている。身近なクラブの戦いだからより感情移入の度合いは強く、良い意味でのナショナリズムがスパイスとなって、大いに心が揺さぶられる。
ホーム・横浜国際総合競技場で鬼気迫る選手と覇気を送るファン・サポーターが共鳴した昨大会のACL準決勝第2戦・蔚山戦や、53,704人が集結した決勝第1戦の熱量を知る人なら理解してもらえるかもしれない。
最高の場所へ
今、この原稿をジェッダ旧市街地近くのホテルの部屋で書いている。窓からは古典の絵に出てきそうなアラビアンな建物がのぞき、アラビア模様のカーテンを砂漠地帯らしい乾いた風が揺らしている。
最初の決戦は26日(現地時間)。横浜F・マリノスの面々がオイルマネーの下に集ったスター軍団に、勇猛果敢に立ち向かう姿を巡らせるだけでワクワクしてくる。その背中を押すファン・サポーターもこれからどしどし入国してくれるに違いない。
悲願に届くのか、届かないかは神のみぞ知るところ。ただ願いは一つ。トリコロールに関わるすべての人が“最高の場所”に辿り着くことを冀(こいねが)い、筆を置きたい。
2025年4月22日、サウジアラビア王国にて